自分の手のひらに星を集める (mazar be Bracha & Tsumugi)
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戌の日

(またまた春に書いてUPし忘れてた記事)



4月の戌の日、京都の月読神社へ行った。

もちろん妊娠してから知ったのだけど
妊娠5ヶ月目の戌の日に、安産祈願をする習わしがあるそうだ。


以前、「タネのたね」シリーズを製作していた時に
バオバブの本物のタネを身に着けさせてもらいたいなと思い、
アフリカからやって来る、バオバブのタネ達が
日本に来ても、安心して過ごせるようにするには、
どんな形状のアクセサリーにすれば良いものかと、数ヶ月考え続けたことがあった。


タネは赤ちゃんなので、アフリカから突然日本に連れてこられ不安だろうから
アフリカでも日本でも、地球上どこでも等しく見える月の中なら
バオバブのタネも安心して、日本で暮らせるだろうから
バオバブのタネは、お月さまのモチーフの中にいれよう!と決めた。

そこから、その最良のカタチを、さらに3ヶ月ほど考えていた。


こんなに考えても、バオバブのタネを中に入れるカタチが決めれないし、
もしかしたら、タネを持ち歩くなんていけない事なのかもしれない。。と
半分そんな気もしてきていた。


そんな悩み暮れていたある日、京都に月読尊(つくよみのみこと)をお祀りした
「月読神社」なるものが存在することを知った。

自分ではもうどうにもできないし、最後に藁をもすがる思いで
月読神社の神様に、どうしたものかと、聞きに行ってみようと思い訪ねて行った。

行ってみると、そこは安産の神様だった。


自分のお腹の子が、無事に生まれますようにという
無数の祈りがそこにあり、圧倒された。
高千穂でも感じたんだけど、人々の祈りって集まると、強烈な力になる。

お腹の子供の無事を願う真剣な祈りだけがそこに無数に重なり
それ以外何の欲もなく
これ以上純粋な気持ちってないように思えて、
そのことに、ただただ感動した。


圧倒されながらも、私も真剣に
バオバブのアクセサリーのカタチが無事に生まれますようにと、
「どのようなカタチにしたらいいですかね?」と問うて帰ってきた。


そしたら、翌日、突然カタチが頭の中に降ってきた。

わぁ〜〜〜〜これだったのかぁ〜〜〜〜〜
やっと出たぁぁ〜〜〜〜〜




同時に、涙が流れてた

無意識に。


無性にスッキリとすがすがしく、むちゃくちゃ気持ちの良い涙だった。
いやぁ〜本当に長かった〜〜〜
やっと出た!

難産の末、無事出産できたらこんなんなんかな?
(いやいや、世のお母さんに怒られるわ!もっと大変やろう!)

月読の神様にもらったカタチなんだぁ!
神様ありがとう!!!




そんな体験があったので、「安産祈願=月読神社」は、
私の中でごく自然に出来上がった信仰だった。
あんなに数ヶ月悩み抜いたものが、神様にお願いしてポロンと産まれたんだから
安産の神様に決まってる!


昔から、大人になったらちゃんとハレの日に
着物を着れる人になりたいなと夢見ていたので、
まずその夢を安産祈願で実践してみようと思い立った。

もちろん、一人で着物を着れないので
慌ててお友達の山本ひとみさんに着付けを教わって。






その後、同じく京都にある「赤山禅院」へ
先生様の聖地!?

「先生様」と私が勝手に呼んでいるのは、
この家の、土の中から出てきた、木彫りの「福禄寿様」の事




福禄寿さんには、血のつながった自分の子供に巡り合えるという力があるそうで
実際、私はこの家に引っ越してすぐに子供を授かった。
不思議。。


友達に、そんな福禄寿さんの話をしていたら
京都の赤山禅院というところがあるよと教えてもらったので
お礼参りと安産祈願にお参りすることにした。


ここがまたまたとっても素敵な場所だった。
福禄寿さまが いっぱい!!



きゃぁ〜!たまらん この笑顔!!



御朱印をいただこうと、社務所へ行くと
今まで訪ねたどの神社の人より明るいおじさんが出てきた。
さすが福禄寿様にお仕えしているだけあって、力が抜けてて明るい!

おじさんと会話が弾んで、つい福禄寿さまの産着まで買ってしまった。


自分の子供の為にした 初の買い物が
「福禄寿さまの産着」だなんて!
素敵すぎる!


そうだなぁ。。
無地の白い産着なので、ワッペンなんてつけてみようか。。
戌張子なんていいんじゃないかしら!?


ってなわけで、子供の為のお買いもの第二弾 戌張子!



ん〜!めでたい!



月読神社さんも、福禄寿さんも
自分の暮らしの中で産まれた気持ちから、私が勝手に慕っていて、
自分なりの信仰だ。


亡くなった人が、神様として祀られて神社になっている事がよくあるけど
月がいなくなってから、そういう実在した人が、後に神様になる感じが
何だかよく分かるなぁと思うようになった。

どうも、月が守っていてくれてるなと感じる事が多すぎる。


私はどの宗教にも属していないけど(お葬式は仏教形式だけど)
生きてくと、自分なりの信仰が生まれてくるもんなんだなぁ。。

なんだか、それをすごく心地よく幸せな事だと思う。